【なんもくびと】NPO活動で村に仕事をつくりたい! 佐藤祐太さん(南牧村地域おこし協力隊、NPO法人「なんもく笑い塾」代表)

「なんもくびと」の2人目は、佐藤祐太さん。村に来て3年目を迎える佐藤さんは、地域おこし協力隊として花農家の仕事に精を出す傍ら、この7月にNPO法人を立上げて代表に就任しました。10月からの活動開始に向けて準備に忙しい佐藤さんに、いまの思いを聞きました。

佐藤祐太(さとうゆうた)さん。2018年7月に南牧村に移住。同年10月から地域おこし協力隊として農業を中心に活動中。今年7月に「NPO法人なんもく笑い塾」を立ち上げ、代表に就任。

笑う村には福来る「なんもく笑い塾」設立

-NPOを立ち上げたそうですね。

はい。「なんもく笑い塾」というNPO法人を7月22日に設立しました。

-ユニークな名称ですね。どのような思いを込めて名付けたのですか?

「笑う村には福来たる」というNPOの理念から命名しました。これは、「幸せだから笑う」ではなく「笑うから幸せなんだ」という考え方です。僕たちが村で楽しく生活している姿を村外と村内の方々に見せることで、「南牧村って楽しい!」と感じてほしいとの思いを込めました。

-「笑うから幸せ」というのは笑いヨガとも通じますね。実際には、何を行う予定ですか?

当初は、都会で暮らす子どもたちを南牧村に呼んで、さまざまな仕事の体験を通じて村の魅力を伝える「村留学」を考えていました。私の仕事である花農家の作業をはじめ、水道掃除、鹿の駆除といった公共性が高い仕事を体験させる予定でしたが、今はコロナの影響で足踏み状態が続いています。

-せっかく立ち上げたのに残念です。NPOを作りたいという思いは、いつ芽生えたのですか?

きっかけは、昨年秋に来村した通信制のN高校のお世話をしたことです。一人の控えめな生徒が村での体験にすごく感動してくれて、その話を生き生きと親に語ったことを人づてに聞いた時、人の心を動かせる仕事ってすごいと思いました。そのうちに、大人と子どもの中間にいて迷いも多い高校生の力になりたいと思い始め、それを村留学の形で実現しようと、昨年秋にNPOを作ろうと決めました。ゆくゆくは、村に来た高校生の何人かが村に移住した時の働き口にできればと思っています。

-学生の来村が難しい状況が続いています。今後は、どのように進める予定ですか?

村留学はすぐにできませんが、10月からは村から業務委託を受けて、村内の飲食店の配達業務をやります。いわばウーバーイーツの南牧版で、「運ぶひと。」というサービス名でスタートする予定です。でも、これまで村になかった仕事なので、どうなるかわかりませんね。

-NPOとしての初仕事になりますね。もともと業務範囲は幅広く設定していたのですか?

村留学以外にも、登山道整備や歩き方指導などやりたいことが色々あったので、定款には幅広い業務を掲げました。それが功を奏して、村から業務委託の話が来た時に対応できたんです。NPOを作ることもあらかじめ村に伝えていましたので、タイミングも良かったですね。あと、村留学は一年中できませんので、協力隊の任期が終わった後の稼ぎ口として、幅広い仕事の受け皿にしたいと思いました。もちろん、公共性が高い仕事に限ります。

-協力隊の後を見据えて設立したのですね。ちなみにNPOは、いつから何名で始める予定ですか?

10月1日から、常時5名くらいの体制で運営したいと思っています。現在、私を含め3名は決まっていて、配達業務をしてくれる方を募集しています。ご興味がある方はご連絡をいただけると嬉しいです。

アナウンサー志望から一転して南牧村へ

-地域おこし協力隊として南牧村に来てから、もうすぐ2年が経ちますね。

正確には、2018年の7月2日に南牧村に来たのが最初なので、3年目に入りました。来てすぐの頃は、体験古民家や知り合いの家に泊まりながらアルバイトをして、同年10月に地域おこし協力隊として任用されたんです。

-NPOの仕事は、地域おこし協力隊と並行してやることになりますね。

はい。協力隊の任期はあと1年なので、卒業後の就職活動として役場からも認められています。

-そういえば、6月に第一子が生まれたそうですね。

ありがとうございます。妻は里帰り出産をして埼玉の実家にいますが、10月には村に戻ってくる予定です。

-村で暮らし続けることに、奥さんの反対はなかったですか?

私は南牧で協力隊になってから結婚しましたし、南牧で仕事をすることも伝えていましたので、了承というか覚悟はできていたと思います。もともと二人とも「お金が全てではない」という価値観は共通していましたので、田舎暮らしへの抵抗感もありませんでした。

-もともと佐藤さんは、田舎暮らしをしたかったのですか?

いえ、全く思っていませんでした。南牧村に来たのは、2018年に社会起業家を育成する「社会創発塾」に参加した時、塾長の鈴木寛さんに勧められたからです。

-その時は、学校を卒業して働いていたのですか?

私はもともとアナウンサーになりたくて、大学4年の時に北海道から沖縄まで全国の主なテレビ局を一通り受けましたが、全部落ちてしまったんです。自分はアナウンサーになると思い込んでいましたので、それ以外の就職活動は一切していません。全て落ちた時は途方にくれましたね。就職は新卒が有利でしたので、ひとまず希望留年はしたものの、サラリーマンになりたいとも思えず、就職活動をする気も起きません。親ともけんかして家出を考えていた時に出会ったのが鈴木さんでした。家出したいと相談したら南牧村を勧められたので、あまり深く考えずに移住を決めました。

-それも偶然ですね。実際に来てみて、村の印象はどうでしたか?

私は川が好きだったので、空気が合ったからか違和感はなかったです。村の方々にも親切にしていただいて、すんなり受け入れられた気がします。

-移住当初から、南牧村に定住して仕事をしたい思いはあったのですか?

はい。親にも家出すると言って出てきましたし、おずおずと家に帰るのもかっこ悪いので、とりあえず住み続けようとは思っていました。今は、その時にお世話になった方々に恩返しをしたいのと、村の役に立ちたい思いが強いですね。

-NPOも作りましたし、これからは忙しくなりそうですね。

はい。自分がやりたいことが形になっていくのは、とてもワクワクします。でも、まだNPOとして村民から認知はされていないので、忙しくなるのはしばらく先になりそうです。村留学も早く始めたいですが、こればかりは何とも言えませんね。それと、NPOと並行して花農家も続けます。「背中で語る」ではないですが、私は自分の子どもに仕事をしている姿を見せたい思いが強くあります。農業の重要性も子どもに教えたいので、当面はNPOと農業の2本柱で生活する予定です。

借りた畑を歩く佐藤さん

話を聞いて考えたこと

インタビューのなかで、「自分が働いている背中を子どもに見せたい」と佐藤さんが話していたのが印象に残った。新たな事業を一から立ち上げることはプレッシャーも大きく、肉体面、精神面で正直きついと思う。でも、理解者や支援者が増えていけば、笑顔の輪が村内から村外へと広まって村のイメージアップ(何やら楽しそうな村)につながると感じた。私も一配達員として、またPR要員として、佐藤さんのNPOを応援していきたい。

・佐藤さんのNPOは、9/13の上毛新聞でも取り上げられています。

 https://www.jomo-news.co.jp/news/gunma/society/239890