南牧村の道の駅「オアシスなんもく」で昨年12月から販売開始した「とらのこぱん」。作り手がいなくなった村の名物「とらパン」を移住者が継承して復活させた物語は、新聞やTVでも報道されて話題になっています。今回、メディアでは報じてないパン作りの苦労話を聞きたくてパン工房を訪問し、店長の鈴木雄祐(すずきゆうすけ)さんを取材してきました。
「とらパン」の製法を引き継いだ「とらのこぱん」
南牧村の桧沢地区で「とらおのパン(愛称:とらパン)」を作り続け、昨年に亡くなられた中沢虎雄さんからパン工房を引き継いだのが、昨年村に移住した鈴木さん。「とらパン」と同じく、石窯と薪を使った製法で「とらのこぱん」を作っている。
ーまず、パン作りの大まかなスケジュールをおしえてください。
鈴木 今は週に3日、金、土、日曜にパンを作り、道の駅「オアシスなんもく」で販売しています。パンを作る日は朝の4時過ぎに起きて、5時半には工房に入ります。まず小麦粉からパンを練って、まきで温めた窯に入れて焼き、焼きあがったらパンを冷まし、袋に詰めて道の駅に出荷しています。この工程を1日に4回行いますが、パンの売れ行きが好調な日は5回作る時もありますね。昼過ぎには全工程が終わります。
ーひとつの工程で、どれくらいの時間がかかるのですか?
鈴木 日によって差はありますが、大体2時間半くらいでしょうか。
ーパン作りは未経験だったそうですが、開発は大変だったのでは?
鈴木 全くの素人でしたので最初はパンの専門書を集中的に読みましたが、その後はパンを焼き、味をチェックする作業をひたすら繰り返しました。パン作りは気温の変化に応じて酵母の比率やお湯の温度を微妙に変えないといけませんし、変えたとしても、うまく焼ける時と焼けない時があります。とにかく日々のデータを蓄積して失敗作を減らし、完成品に近づけていきました。
ー「とらパン」のレシピが残っていなくて原材料しかわからないなか、どのように味を近づけていったのですか?
鈴木 甘くてミルク感がある「とらパン」の記憶を頼りに、食感や味に見当をつけて何度もパンを焼き、微調整を繰り返しました。納得できるパン作りが続いた時に確信が持てて、発売を決めました。
ー開発には、どれくらいの期間がかかりましたか?
鈴木 大体2ヶ月くらいでしょうか。パン作りの勉強や実践以外にも、パン製造の許可申請を出したり、工房を直したりと、やることはたくさんありました。
ー薪で温めた石窯でパンを焼いていますが、専用のオーブンと比べて温度調節が難しいのでは?
鈴木 確かに、温度調節を間違えるとすぐに焦げたり、生焼けになります。でも、作るのが難しい分、いぶしたような薪の香りが味わえますし、薪の水分でふっくらと焼けます。こうした特長も、とらパンから引き継いだものです。
ー一日に焼くパンは幾つくらいですか?
鈴木 1回につき30個弱くらいです。
ーパン作りは何名体制で行っていますか?
鈴木 今のところメンバーは私も入れて5名で、毎回2~3名で作っています。あと、営業日以外に、薪の準備や小屋の修理で来てくれる人もいます。メンバーは、すべて私の友人の中から募りました。長野県から山を越えて来てくれる人もいます。友人だけで運営できているので、ありがたいですね。
ー開発や設備を揃えるのに費用がかかったのでは?
鈴木 自分たちで工房の小屋を修理したり、色々と手作りしましたので、初期投資をかなり抑えることができました。
ー今後の抱負を教えてください。
鈴木 「とらパン」に近い味はクリアできたので、今後は「とらのこぱん」として、パンの品質を追求していきたいと思います。パンの味は焼くたびに微妙に変わります。「とらパン」を作っていた虎雄さんも、『同じものは二度と焼けない』と話していて、レシピを変えていたそうです。これもパンの面白さなので、試行錯誤しながら、少しずつ成長できるといいですね。
南牧村に移住するまで
鈴木さんは、昨年5月に東京から南牧村に移住。当初はパン作りではなく、別の目的で移住したという。
ー何がきっかけで、南牧村に移住したのですか?
鈴木 大学の先輩の家に遊びに来たのが最初です。豊かな自然と、人の暖かさに惹かれて移住しました。移住から3ヶ月後には、勤めていた会社も退職しました。
ー退職は思い切った決断でしたが、もともと田舎暮らしがしたいと思っていたのですか?
鈴木 田舎暮らしをしたかったというより、南牧村でやりたいことができたのが大きかったですね。移住してしばらくはリモ―トワークをしていましたが、杉の木を原料にした酒造りを本格的にやりたいと思い、会社を退職しました。
ー酒造りは今も進めているのですか?
鈴木 最近はパンの開業準備で忙しかったですが、今も個人的に少しずつ進めています。
ー住居はどうやって探したのですか?
鈴木 移住を世話してくれた先輩に相談したら、ちょうど空き家の借り主を探していた今の大家さんを紹介してくれたんです。ラッキーでしたね。
ー休みの日は、主に何をしていますか?
鈴木 営業日以外は、原材料の仕入れや、薪にできる木を切ったり、運んだり、薪を割ったりしています。あとはパン工房の設備もまだ不十分なので、やることはたくさんあります。仕事と休みの境目はないですね。
林業会社によるパンづくり
鈴木さんのパン工房は、故・中沢虎雄さんが村に寄付したもの。村が利用者を募った時に手をあげたのが、林業を営む株式会社サンエイト企画の代表、古川拓さん。鈴木さんの大学の先輩で、移住を世話した方である。現在、「とらのこぱん」の製造・販売は、サンエイト企画の事業の一つ。どのような思いで工房を引き継いだのか?古川さんに聞いた。
ーなぜ「とらパン」の工房を借りたのですか?
古川 この工房は、私が住む桧沢集落の財産だと思ったからです。住民として大事にしたいと思い、会社で借りました。利用方法について仲間と意見を出し合うなかで、まずは亡くなられた虎雄さんへのリスペクトとして、会社の事業としてパン作りをやることを決めたんです。その時に店主として、鈴木さんが名乗りをあげてくれました。
ーサンエイト企画は林業がメインの会社ですが、パン作りも手掛けたのは興味深いです。
古川 パンを焼く時に使う薪は自社で調達していますので、木材活用の一つだと考えています。林業で村を活性化したくて会社を立ち上げましたので、目的にも合っています。
ー今後の増産も考えていますか?
古川 増産も視野には入れていますが、まずはパンを販売している道の駅「オアシスなんもく」を盛り上げて、南牧を知る人を増やしたいと思っています。なので、今のところは販売先を積極的に増やす予定はありません。ぜひ「とらのこぱん」を味わいに、南牧村へ来ていただきたいですね。ただ、遠隔地の方には通販などで対応していく予定です。
取材を終えて
マスコミに取り上げられた「とらのこぱん」の人気はものずごく、道の駅にこれほど行列ができるのを初めて見た。パンの美味しさだけでなく、作り手がいなくなったパンを継承して復活させた物語が大きな付加価値になっていることは間違いない。私もパンを一ついただいて食べてみたが、ほのかな甘味がして美味しかった。希少性ある村の新たな特産品として継続的に売れ続けてほしい。
「とらのこぱん」販売情報
2022年2月現在、「とらのこぱん」は南牧村の道の駅「オアシスなんもく」で、金、土、日に販売しています。販売日は、朝の9時頃から午後の1時頃まで、一回につき約30個を4~5回出荷しています(日によって出荷時間は前後します)。一個380円(税込)。今の時期は、マスコミに取り上げられて大人気なので、販売までお待ちいただくかもしれません。
参考情報(メディア掲載実績等)
上毛新聞 2021/12/27
https://www.jomo-news.co.jp/articles/-/48845
NHK「ほっとぐんま」 2022/1/20放送
ご参考